文字狂い

オタクにもサブカルにもなににもなれずに死ぬ

シンデレラ・ボーイに対する態度

人生なんにもたのしくないし、わたしはバカでまぬけなので、自分に意味を見出すことが難しかった。とりあえず就職したので、自分へのご褒美に何を買おうか悩んでいた。

アクセサリーを買っても、恋人から貰えないのなら一人で買ったら虚しいもんだなと思うし、おしゃれするにも職場で悪目立ちするような服なんか持っても無駄。そういう答えに辿り着いた百貨店を後に、駅前をふらついていた。何食べよ。海鮮丼は高いし、スパゲティは安い。

結局買わないよりはましだと思って、なんのキャンペーンでもないのに好きな推しのCDを20枚買った。それが私のクリスマスプレゼントだと思った。無駄なCDの使い道を編み出そうとしたことが何度もある。歌詞カードをアレンジしてコラージュでも作ったら握手会の時に持っていくと喜ぶかなとか考えたりして。でも前述の通り、わたしはバカでまぬけで能無しなので、アイデアがあっても怠惰が勝ってしまう。

推しはクリスマス何しているのか、考えそうになって考えないようにしている。多分Mステに出るんだろうし、それだけでひと月終わりそう。わたしくらい諦念を極めていると、推しに恋人がいたほうがうれしいなと思う。だけど噂を調べると枕営業のことばかり出てくる。おじさんにしごかれて出るまで帰れない、をやっているからあんなにキラキラしてても推しも私もキラキラに没頭できるのかな。

なんとなく家に帰るのが嫌で、そんなにおいしいと思うわけでもないのに安いからブラックコーヒーをすする。わきの通路に人が抜き足差し足歩き、つまずいて私のセーターにカフェラテをぶっかける。相手は軽く会釈だけして去った。

最悪だな。睨むと、相手は推しだった。最低~とでも幻滅~とでも言おうというより前に、こんなマジックが自分の人生に転がり込んだことに驚いてしまう。

推しは連れがいる。マネージャー?錦鯉の渡辺に似ている。渡辺にそそのかされて、私の前に再び戻ってきた。

「すみませんでした。ぶつかっただけだと思ってたらコーヒーがなくて」

「いや、全然、全然、全然、大丈夫です」

「わかりますよね。僕芸能人なんです。イメージのこともあるので、お詫びさせてください」

「いや……全然マイナスととらえてないので、大丈夫です、これからも頑張ってください」

だけど渡辺が割り込んできて、正式にセーターを弁償するという方向に話がまとまった。私はあんまり悪くないのに平謝りをしてカフェを出た。

「どこのブランドですか?」

「これ、一昨年のものなんで、同じものはもうないです」

「でもそのびしゃびしゃで帰る訳にはいきませんよね」

「いや、私の人生雑巾みたいなものなんで別に構いやしないです」

「面白いですね。僕もそれくらい語彙があるといいなあ…」

「松本さんは語彙を他で補ってるからスターなんですよ」

「あ、……へぇ~!僕のファンなんですね!」

実は推しのファンであることを隠そうとしていた。まあいっか。しかたないよね。人間、自己卑下が始まったら他の人はそんなことないよ~って言うしかないもんね。

「せっかくなんで、僕が一着選びますよ」

「いや~いいですそんなことしなくても」

「いや、これもなにかの縁だし。せっかくなんで人の金で贅沢なセーター買いましょうよ」

わたしはマルイや東急ハンズには行く。けど百貨店には行かない。マルイも百貨店なのか? 最初グッチとかに連れていかれたけど、デザインと私のテンションが合わなさ過ぎて、紆余曲折、ブランベールに落ち着いた。

「でも、しまむらでこういうの売ってますよね」

「じゃあしまむらで買ったと思って着てください」

ここにたどり着くまでに二時間かかった。体感時間30秒だった。ときめきとかなかった。あるとしたら、この人にクリスマスはあるのか?と考えてしまうことだ。

「あ、先に聞くべきだった。お姉さんは彼氏とかいないんですか?」

うおっ。言葉のボディーブロー。じわじわどころか瞬殺だ。

「そういうの、諦めてるんで」

「そんなあ。もったいないよ。お姉さんしあわせになるべきだよ」

「いやあ。十分しあわせなんで」

訊くかどうか迷った挙句。言葉が漏れてしまった

「松本さんは、しあわせですか」

「え、どういう意味ー?」

「クリスマス、どう過ごすんですか」

「まあね。仕事しかないよね。でもいいよ。ファンとかが自分が作ったものをありがたんでくれるなら、一瞬でもひといきつけるなら、それが本望だね」

「松本さんが、しあわせになる日は、来るんですか」

「え?」

だっておかしいよ。見知らぬ人にぶつかって事故っても、その保障を確実に即日提出しなければならないって、人間じゃないよ。見て見ぬふりする奴もいるよ。していいんだよ。それができない人生って、人権あるのか?

「そうやってお姉さんが心配してくれるから、僕たちは生きていけるんだろうね。今のところは。思うにたぶんお姉さんたちの心配は落ち着く日が来ると思うよ。ほとぼり冷めると言ったらそうだよね。その日までがむしゃらに生きるって感じかな」

松本真琴はすらっと言いのけて、紙コップをゴミ箱に捨てた。

「僕は、こういう人生悪くないと思っている。お姉さんに出会えたしね」

「やっぱり……すごいですね。さすがアイドルだな……」

「へへへ。まだまだだよ」

まぶしいなあ。わたしもこれくらいのまぶしさを浴びて生きる人生に憧れてたな。バカでまぬけで能無しで怠惰だから、諦めてるけど、私も、こういう人を目の当たりにできる役割でよかったと思う。

それからしばらくして、三年後くらいに、松本真琴はグループを脱退して、アクセサリーショップの店長になった。私はあのセーターを箱から出せずにいる。あの日の幸運に勝てる出来事を引き起こせずにいる。