文字狂い

オタクにもサブカルにもなににもなれずに死ぬ

小説・愛されるということ

友達とカラオケに行くと、友達が「愛している」という言葉を口にする度、「愛」という単語がべちゃべちゃに発音されてて、この人は愛に縁がないんだろうと思った瞬間、次にわたしが愛について歌うのがとても怖くなって、その日はすぐに帰った。

わたしは愛について解っていると思う。それなりに修羅場のある恋をしている。わたしの好きな人は会社の上司で、上司には妻子がいる。

わたしはツイッターで「社内恋愛というのは、近親相姦のようなもので、従軍慰安婦に本気の恋をしているようなものだ」と言っているのを見て、よくわからないけどパワーワードに惹かれた。従軍、慰安婦……。

上司はわたしとたまにスタバとか行ってほっと一息をつくと同時に、足を絡めてジト目でこっちを見て、「この後どう?」みたいなことを言う。上司が勤務時間ちょろまかして、3時に上がって、2時間休憩して、5時半に帰る。上司からわたしに注がれる目は愛しているのかもしれない、と思う。

上司が本妻とクリスマスをやることについて、何にも思わないわけではないが、何も思わないとほぼ言ってもいいくらいに、わたしは現状に満足している。今まで普通に、普段通りに生きていたら、愛なんてものはついぞ知りえなかっただろう。

わたしは博多駅を歩く。さまざまな顔がある。ああ、この人には愛がわからないんだろうな。そう思うと、腹の底から笑いがこみ上げてくる。ははは。愛。ほんとうに、ちょっと道を踏み外しただけで、いかようにもくみ取ることができるよ。愛はね、被ばくなの。胃もたれするような劇薬を浴びることなの。あなたは知らないでしょう?

上司はインターネット上ではわたしに媚びを売らない。明日の予定が連絡に書き込まれており、明日も上司とコーヒーを飲むんだろうな、と察した。

ふと、マンション街を歩く。寒い日は寒くて、脳みそだけは沸々と熱い。人間蒸発しそうなので、寄り道という冷え水を浴びる。

そこに占い屋さんがあった。占いと看板が出ている。わたしは冷やかしで入ったつもりが、内装がこれでもかというくらいに意匠を凝っているから、わたしはそこに立ち止まってしまった。

「占い、やっていかれます?」

店主のようなキューピットのようなおじさんにそう言われて、占いをやってみることになった。

「いま、アザミさんが空いてます」

「アザミさんってどんな人ですか?」

「タロットと西洋占星術の人です」

あざみさんのブースに入ると、あざみさんは顔が全然わからなかった。

「初めまして、アザミです。きょうは何を占いましょう?」

「あー……」

わたしはたじろいだ。これから話すことは、誰にも言ってないことだから。

「わたし、不倫しているんですけど」

「ああ、まあ、不倫ね、はいはい」

「この不倫は、いつまで続くのかな……、って思います」

「なるほど。見ていきます」

占い師は、カードを混ぜて、私にカードを混ぜるように指示した。

「あなたの気をカードが汲みますので」

わたしは雑に混ぜた。カードの向きを左を上にするかか右を上にするか決めて、好きな番号を言う。9と答えた。

「はー、あなたは、現状に不満はないようですね」

「え、はい、そうです」

「奥さんと別れてほしい、もなく?」

「そうですね。こだわりはないです」

「なんだろう、カップのキングが正位置で出てるから、満足しているのはありますよね」

「そうなんですか」

「でも、ソードの3がね、出てるんですよ……」

「なんですかそれは」

「端的に言えば、傷つく感じですね。近い将来相手にがっかりするかもしれません」

「そうなんですか」

「あと、月とか塔とかのカードも出てるんで、言い方アレかもしれないけど、今相手に対して幻想を抱いていますよね。それがボロボロっと崩れるかも」

「つまり、何が言いたいんですか」

「タロットって、3~6か月の未来を占うので、そのくらいには、ご破算するかもしれないですね」

「あ~、そうなんですか」

「平気そうですね」

「わたしは、満ち足りてるんで」

「でも、それが、幻想なんですよ」

「じゃあ愛ってなんなんですか」

わたしは荒唐無稽に口走ってしまった。支離滅裂だろう。

「愛? 愛か……愛ってのは、靴擦れする靴を無理矢理履くものでもないですよ」

「わたしが無理してるんですか」

「そうじゃないけど。愛って先立って実感しているうちは偽物ですよ」

「いつかわたし、に、愛が、わかりますかね」

「生年月日おっしゃってください」

「1994年×月×日です」

「…………。じっくり、待つことですね。遠くはない」

「はい」

「でも今の人ではない」

「はい」

「愛ってのは、わからなくていいから」

「はい」

「死ぬ前に自分はいい思いしてたな、って気づくくらいがちょうどいいから」

「わかりました」

わたしは3000円払って外に出た。

後日。上司は、惚れっぽい人というのがわかり、今は聞かないのでおそらくわたしだけだが、わたしがこの会社に入る前にいろんな女の人と仕事中にラブホテルに言ってたらしいというだけの情報がなぜか今更入った。わたしは仕事を辞めた。

わたしは一人でカラオケに行って、相対性理論の「YOU & IDOL」を歌う。

(あい あい あい あい 愛のラビリンス)、という歌詞で、愛を歌うが、相対性理論の曲は愛に比重を置いていない。逃がされている。愛から。しかしわたしの歌声はなんとも頼りなく、しぼんだラナンキュラスみたいな。わたしの今の見てくれのようなものだ。

愛について知っていたかのようで、全然知らなかった。そこにぐっと落ち込んでしまうけど、きっと杞憂なんだろう。わたしは愛を知ってたまるか。