文字狂い

オタクにもサブカルにもなににもなれずに死ぬ

書くことのよろこび②

書くことのよろこびを極めようとすると、アカウントが凍結したり、風邪をひいたり、サイキックアタックを食らったり、お金が無くなったり、いろんなことが起こって、書くことのよろこびを極めんとするところで、霧散してしまう。書くことのよろこびとは今これを描くためのこういう準備にあり、それを整えてから毎日書くことにより、よろこびが日々分配されるのだと思う。

書くことのよろこびは見つけることから始める。外出して、SNSの嫌だなという情報を見て、その「なんか嫌だな」というのが書き心地につながる。見つけたものをノートによこして、日を置いて熟成させる。日ごろから書いてばかりでなにもストックがないという状態を作っておく。その中で、「なんかあったな」みたいな心のわだかまりを、書いていくことが大事。

書くことのよろこびを知らない人は、嫌な情報に対する耐性がつかない。嫌な情報を得たなら、書いて、嫌な情報のいいとこどりをしないと。

書くことでよろこびそうなものを見つけたら、書く。書いて、それからどうするかは人による。人生が変わる人もいれば5分で自分が生まれ変わって死にたくなくなる人もいる。

まず、書くことを見つけるにはどうすればいいのか。まず、いい手帳を買おう。東京ハンズに行ったりLOFTに行ったりして、自分を手帳売り場の場に置いてみて、そしたら手帳があなたのことを選んでくれる。というのはいささか言い過ぎかもしれない。手帳は奥が深い。ブランドものを選んでみると間違いがないようで、実は無駄がたくさんありすぎて手に余るということがある。わたしはほぼ日手帳は紙の質が悪いと思う。逆に贅沢してるんだろうけど、あんなもんボールペンで一文字一文字楔打ってたら裏映りして手帳に怨念がこもってしまう。

案外、スヌーピーとかサンリオとかの手帳のほうが結構ニーズを理解していて、書きやすいことが多い。スヌーピーコラボの手帳なんかは日付の窓が広くて書きやすくて、メモ欄が手薄なのはあるが、重たいものは嫌だけど一目みただけでスケジュール管理したい便利なものがほしいみたいな人はそれを買うんだろうなと思う。

んで、手帳を買ったら、活用する。たとえばオナニーをしたとすると、そのオナニーをした日を記録づけると案外平日オナニーしてないじゃん、とかに気づく。オナニーという問題は個人の意識のもとに起こっているようで、実は世の中の機運とマッチして行われているものなので、そういうところから世の中のことを知ることができる。

あとは風呂に毎日入ってないひとは風呂に入った日をつけるといい。そうすると不浄に敏くなる。風呂は毎日入った方がいい。毎日入って毎日厄を祓ったほうがいい。そうすると何も起こらず健康健康ということになる。

あと特にわたしのような、未来に一発賭けてるニートなんかは、外出した日とそうでない日を記録づける。そうすると家計簿的効果もある。あとは季節とバイタリティーの因果関係とかも気づけるようになる。猛暑だからと言って外出できなくなるほどの体力が落ちてるわけじゃないんだ、的なこともわかる。わたしは今年が猛暑だと思ってない。一番暑かったのは2020年だ。

あと当時買いたかったものとか観たかった映画とかも控えている。そうすると、次の年になってこれまたいるよな、みたいな感じで家計簿をつけやすくなる。映画とか書籍とか控えておくことで、忘れずに手にすることができる。

手帳とは別に、いくらでも書ける懐の深い分厚いノートを常備持参するのも、書くことのよろこびを間近に感じておくためには必要である。ノートを持ち、ドトールとかに行けば、ジャーナリングができる。ジャーナリングというのは検索すればわかるが、時間を決めて、5分なら5分ずっと書き続けるという瞑想方法だ。わたしはブログでそれをやっているが、ブログにできることは自分が書いていけるうちの半分くらいでしかないので、誰にも見られたくない、観られない必要がある人は、紙に書いて自分を試すといい。そのジャーナリングを繰り返していくうちに、自分のなかで肥やしができる。それを元手に自己実現していく。

人間は、とりわけあなたは、つまんないようでいて、なにも考えてないようでいて、実に何個もストレッサーに耐えて、一日の中で朝を夜に、夜を朝にしている。自分の中で刺激になるものを洗いざらい脳内世界を描写してみて、その中で理屈が浮かぶものがあれば、それはあなたの中で統計は成功しているだろう。だいたい統計は勝つ。