文字狂い

オタクにもサブカルにもなににもなれずに死ぬ

火だるま

  画面の向こうからゾンビが次々とこちらにやってくる。それを次々と急所めがけて撃ち抜き殺していく。この光景を作っているのはゲームの幻想ではあるが、現実もそんなに変わらない。ゾンビを次々に撃ち抜くのはこの意識の当事者である僕ではなく、傍らにいる真田の手によるものである。僕はライフルを持てない。手足がないからである。
 真田は高校のクラスメイトで、僕の世話役だ。たまに「軍の幹部になるんだ」という壮大な夢を語る時もあるがそれに向けて努力をしている様子はない。僕が軍にゾンビと間違えられて銃撃を受けてこんな姿になったのだが、僕に構わず軍への憧れをだらだら喋ってくるちょっと困った奴なのである。
「今日のスキル、100万超えた」
「へーすごいね。ランキング入りじゃん」
「俺、軍に入れるかもな」
 実際問題入れるのである。軍は最近身体障碍者を優遇するシステムを採用し始めており、僕なんかは結構簡単に軍に入れるし、世話役として一人だけ連れていく人を選ぶときに真田を選択すれば彼は軍に入ることができる。しかしそうしないのは、僕が軍を全く信用していないからである。
「……帰るか」
「え、もう一回できるのでは?」
「俺、やることあるから」
 あっそ。どうせお前はエレナと会いたいんだろ。俺は知っているぞ。
 エレナとは、僕らの下宿先の近くの酒屋の娘だ。ビッチで有名である。でも男心をもてあそぶほど賢くはない。最初こそ真田はエレナのことを味噌糞に言っていたけれど一回ボディタッチを食らうとこうである。俺は絶対こうはなりたくない。

 煙草臭いゲーセンを出る。明日は学校なのでその準備をすべく下宿先に戻る。バスが走った後ろ姿から石油が燃えたような、冬の匂いがする。ハンバーガー屋のそばを通るとやっぱりゾンビの死体を見つけることができた。ここらへんはやたら治安が悪くゾンビもそうだが人間の死体もよく転がっている。死体を蹴りながら一番安いハンバーガーを買い、食べ歩きしながら部屋に戻った。
「……はあ」
「なんかオメーため息ばっかだな。そんなにエレナに会いたいか」
「いや。別に。でも。こういうのって惚れたが負けだな」
「……なんだソレ、どーするの、酒屋行くの?」
「金、もう無ぇーし」
「俺が貸してやるよ。行こうぜ」
「サンキュ」

 いつもは僕の電子車椅子のペースで歩くがこの時ばかりは真田が僕を担ぎ上げては車椅子を押して走った。酒屋に行くと、やはりエレナが出迎えてくれた。
「待ってたよ。真田っちと、……あれ?」
「あのさあ。悪意あるよね。いいかげん名前覚えてくれないかな。眉村勇人だよ」
「あー。マユちゃんね」
「女じゃねーし」
「とりあえず、真田っちとマユちゃん8番テーブルにご案内しますねー」

 見かねた真田が「いいなー。エレナとやりとりできて……」と言っていたのだが余計なお世話だ。8番テーブルに向かうと、すでに誰か女の子が座っていた。あれ。
「あのー、ここ空いてますか?」
「……眉村ハヤト。真田アツシ。ね」
「「はい?」」
「いいや。こっちの話。座ってちゃ悪い?」
「うーん。真田、どうする?」
「俺はべつに」
「あらどうも。私こういう者なの。よろしく」
 そういって女は黒いセーターの向こうのあんまり無い乳の谷間、っていうか隙間から名刺を取り出した。真っ黒な小板には〝如月アヲヰ〟とインクが印刷されていた。面倒なので俺はアオイと呼ぶ。
「あの、なんで俺たちの名前知ってるんですか」
 そう質問した瞬間、エレナがこっちのテーブルにやってきた。
「ごめーんおそくなって。なに頼む?」
「俺コーラでいいや」
「私はホットコーヒー」
どうしようかな、と真田が迷っているようなので「なんでもいいからとりあえず頼んどけ」と耳打ちしてやったら、真田はこの店でなぜか1番高い〝お絵かきココア〟を頼みやがった。そういう根性。嫌いじゃない。お絵かきココアはエレナが淹れるので、二人仲良くお話するきっかけにと頼んだんだろう。ほほえましいことよ。

「さっきの質問。答えてあげる」
「ありがとうございます」
「私はエレナの友達だからよ」
「ふーんそうですか」
「私からも質問していい?」
「どうぞ」
「なんで芋虫になっちゃったの」
 無神経の友達はやはり無神経だな、と実感した。俺は仕方なく正直に伝えた。じゃないと面倒だし。すると質問攻撃が次々と始まった。「家族は?」「真田はそのことを知っているのか」……気が滅入る。こんな奴と知り合うくらいなら真田におごるんじゃなかった。
 でも空気をぶち壊すわけにもいかないので答えた。俺の家族はこんな都会から2時間かけて列車に乗らないといけないような田舎に住んでいる。その地域では有名な地主で、結構裕福。そんな家の長男が俺。いっぱい習い事させてもらって、いっぱいお金つぎ込んで育ててもらったのに、中学3年のある日たまたま都会に出たらどうしたことかゾンビと間違えられて銃撃された。その日以降障碍者になったので、いつも誰かが付きっきりの生活になった。
「俺は国軍に撃たれてこうなったんだ。それだけでいいか?」
「それだと恩給で一生働かなくていいじゃん。よかったね」
「お前の目論見はなんだ」
「なにもくろみって」
「お前は何の魂胆で俺に近づいた」
「あんたってちんこついてんの」
「うるせー、死ね」
 嫌がってたら黙るかと思ってたらアオイは思いっきりおれの金玉を掴んだ。
「性処理どうしてんの」
「責任者を呼んで来い。こんなの犯罪だ」
「あんたは何をオカズにミルクを出してるの」
「お前なんかがオカズになるもんか」
「いずれにせよ、話は早い方がいいわ」
「真田、帰るぞ」
 真田は俺が知らない間に俺の金でエレナとVIPルームで遊んでいた。
「真田アツシ、って言うんだっけ。あの人童貞だよね」
「だから何だよ」
「まあ幸せでしょうね。エレナにしゃぶってもらえて」
「帰る」
「芋虫さんがどうやって帰るんでしょうか」
「車椅子なめんなよ」

 俺はコンビニでウォッカを買って、コンビニの机に車椅子を寄せて、2時間夜明けを待った。その夢の中で、全身がたまご状のなにかになって、飲み込まれる夢や、全身の皮膚の細胞一つ一つがピストルのように弾けて国に向かって撃つ夢なんかをみて、全身ぐっっしょりだった。さっき見たアオイが、夢に出てきて、呪うように僕の体に巻き付いた。僕が射精する側なのに、アオイが巻き付いて、性器を捥がれて、僕がからからに干からびて死んでいくのが早送りされて、最後、息を呑むと、コンビニの窓ガラスから朝日が差しこんで、真田がやってきた。いつものように身支度をすると、真田がビビった。
「眉村、お前、夢精してるよ」
「え?」
「アオイになんかしてもらったの?」
「あいつ、もう会いたくない」
「そうなんだ」
「うん」
「実は、俺、昨日エレナとヤったんだ」
「そうか」
「うん、嬉しかった。昨日の自分とは一味違う気がする」
「真田はさあ」
「うん」
「軍隊入りたいんだっけ」
「いや。別にどうでもいいよ」
「俺も、入ってみたいよ」
「どうして?」
「一生働かなくていいって、舐められたの、めちゃくちゃ腹立ってる」
「アオイに言われたの」
「入ろうぜ、軍隊」

 僕たちはその日のうちに軍隊に志願書を送った。後日、エレナが軍隊の面接のコツを教えてあげると言って僕と真田をハンバーガーショップに連れて行った。
「いつまでたっても来ないね」
「エレナは売れっ子だし」
「お前はむなしくないのかよ」
「はあ? どうってことないよ」
「俺、トイレに行く」
「ここバリアフリーだったっけ」
「大丈夫、一人で行くよ」

 バリアフリーと宣いながらも、店内からトイレは遠く、ハンバーガーショップの隣にあるスーパーの施設内にトイレがあり、なかなか苦労した。本当はトイレをするのも一人だと時間がかかるが、なんとなく真田離れしたかった。
 用を足すと、外にアオイがいた。
「どうせ、お冷しか飲んでないんでしょう」
「は?」
「こんな店出るわよ」

 俺は網にくるまれて、ワゴン車に連れられ、例の酒屋に行った。ドアを開けると、エレナの喘ぎ声が店一杯に広がって、今日は定休日だけど、軍関係者で店は一杯で、俺は真田の姿を探していたが、どこにもなかった。
「という訳なの」
「いや、という訳なのってなに」
「真田君はさっきゾンビになりました。」
「え? あ? は?」
「あのハンバーガー屋、クラスターなの」
「俺はどうなる?」
「軍隊に条件免除で合格よ」
「でも、俺はわかってるんだよ」
「あらそう」
「俺の使い途なんざ、身体にダイナマイト巻き付けて終わりだろ」
「そうなの? かしら」
「だから俺は軍に入りたくなかったんだ」
「でもまあ。親孝行にはなるわよ」
 俺はその後アオイにフェラチオされて3回イった。

 やがて来るべくしてきた初めての実戦。俺はあのハンバーガーショップに向かった。あそこにいる客は、みんな、自覚しないままゾンビになっていく。店の中に入ると、店員に真田がいた。真田は俺を見つめたが、何とも思わなかった。俺は身体にライターで火をつけて、火だるまになり、店中を焼いた。この店が焼き払われた後、ゾンビの疫病は終息した。

 アオイは俺と結婚したので、さぞかし恩給で一生遊んで暮らすのだろう。