文字狂い

オタクにもサブカルにもなににもなれずに死ぬ

アナスイ姫

気づいたら、サラダパスタを3つ、サンドイッチを2つ食べて、その後泣きながら掃除していた。食べることはある意味敗北で、ムカつく現実を無理矢理折り込むときに食べることでフラストレーションを消化している。私は食べること以外ならパーフェクトだと思う。掃除とかマメにして清潔だし、専門学校行ってたし。だから食べてもいいことにしている。

だけどたまに贅肉が絶望を吸い込んで悲しみが神経に渡りしんしんと打ちひしがれる時がある。からだが大きいと外界の刺激を感じ取る感受性も自ずと広がっていく。どうして日本では太ることがタブーなのか。邪気太り?遺伝?糖尿病?なんにせよ、ひとりでに生きて死ぬことが許されない。全部、全部、誰かのせいで私はいつも不幸なんだ!!!!!!

ただ生きて死ぬ、単純な快楽を人生に見出すために、私はアナスイを買う必要がある。エクセルやキャンメイクジルスチュアートやシャネルでは駄目だ。アナスイじゃないと、お嬢様になれない。

明日なにがあるというわけでもない。ただ少し頑張って遠めにあるスタバに行くだけのために、アナスイを召喚する。紫と水色で縁取った私は、ささやかな闇を光らせていた。無尽蔵にお金があるわけでもないのでとりあえず一番安いブレンドを買って2時間かけて飲む。スマホでなにかないかな〜を探している。スマホで「恋人」が売ってあった。それをポチり、アナスイの魔法も飽きてきたので、スタバを後にするとすぐに家に帰った。

恋人がポストの中にあったので、開封してみると、ただの文庫本だった。読んでみると、誰かの日記だった。誰かの日記は楽しいわけでもなく、ためになるわけでもなく、退屈だなと思いながらも惰性なのか全部読み切ってしまった。

今日はクリスマスイブで、特に出来事もなかったなと思い、冷凍ピラフをチンして、冷凍チーズケーキを半解凍でホール平らげ、適当に歯磨きをして寝ようとした。

その時、恋人が効力を発揮した。寝る前の暗闇の中で、恋人の言葉が反響する。恋人が語りかける。ある日の恋人はたんぽぽを摘んでクソみたいな詩を書いていた。ぼくのたんぽぽ、それは誰かしら?、みたいな。私にも誰かわかんねーよと思っていたけど、日記を読んでしまった以上私がポエマーの恋人になるらしい。

恋人はさみしい、としきりに言った。そうなんですね、何か対策は練りましたか?と訊いたところ、僕には文字を紡ぐことしかできないうんぬんかんぬんを言っていた。そうなんですね。私に寂しさを塗りたくってしあわせですか?と訊いたところ、ずっと黙っている。日記の文学からして、さみしさは、たとえば朝日が昇ったときにはじまる、と誰もが気づくように、私の恋人は自分の人生がついに始まることなく終わってしまったというようなことを描いていた。うーん、私は、死んだのカナ?と思ったけど、死んだのかな、さっさと死ねとは言わない。けど、メンヘラのポエムはいつか終わらないといけない。

いいか、恋人、ようく聞け。私はな、ただのフリーターじゃあないんだ。

どういうこと?と恋人が訊くので、私は身を以て明らかにした。イブの夜中。終電はないけど、今からバリバリお洒落してアナスイキメる。

変身した私は夜の街を駆ける。酒を浴びるパリピの浮かれた吐息から生じた水蒸気が私の体を運び、日記の恋人のもとへ向かう。日記の恋人のありかはどこか。幽霊か人間か。はたまた宇宙人か。それは今もなお謎である。

恋人は脳みその中で、うわぁ~・すご~い、を連発していた。恋人の家は北国の田舎にあった。目が合うと、なんか泣いていた。ね。言ったでしょ。私はアナスイ姫なんだよ。できねえことなんにもねえんだよ。

恋人は私を部屋に通すと、クソまずい紅茶を運んできて、食べかけのホールケーキを渡してくれた。ポエムをA4用紙3枚分朗読してくれたけど、今ひとつ。寺山修司知ってるか?寺山修司になるにはな、若いうちに苦労しないと駄目なんだぞ。そんですぐ死ぬんだぞ。

目を凝らすと隠し部屋みたいなのがあって、そこにはトラック一台分のAVがあった。引いたけど、この人にとってのたんぽぽはこれやんな、と心の中でアンミカが答えた。

恋人は今日限りで、また会おうとか言ってたけど、都合が会えばね~って感じで、朝目が覚めると私はホールのチーズケーキの前で寝落ちしていた。これが私のクリスマスだ。私はアナスイ姫。まだ若く、だからできないことはなく、まだ苦労中。私のトナカイを探している。